アイドルになれないなら死にたい

東京ドブ川ストーリー

10/25 夢日記

魔法使いでなければ夫のことを殺せる人なんていなかった。
だから彼女に頼んだ。
彼と一緒になりたいから、あの頭の狂ったの夫を殺してくれと。
彼女は拒んだ。困ったように笑いながら。冗談と受け取ったようだ。
私は彼女を脅した。
でも彼女はそんなの間違ってるよ、と涙を流した。
どうやら彼女は魔法使いでありながら魔法など使ったことがないようであった。
私は彼女を良い人間だとは思っていたが、恋愛至上主義なところが大嫌いだった。
私は彼女を殺そうかと思ったが、やめた。
彼女は魔法使いだ、いつか使える。

自分で人を殺すということに少し胸が痛んだが、これからの先、夫のいない人生を考えると、そんな気持ちはほんのちっぽけなものでむしろ私は歓喜していた。

「やめようよ」「何も殺すことは無い」だなんて彼が今にも泣き出しそうな顔をしている。
夫を殺さなければ、彼が夫に殺されるというのに。彼はわかっているのだろうか。

どいつもこいつも軟弱だ。本当に渇望するものなんて結局ないのだろうな。
彼はへらへらとその場を取り繕うことばかりだ。私は夫を殺したいのに。そうすれば彼だって私と幸せになれるのに。

なぜそんな簡単なことがわからないのだろう。頭が回らないのか。どいつもこいつも馬鹿だ
偽善が世の中を複雑にしている。なんでもっとシンプルに考えられないのだろう。
なぜそんな難しく考える必要があるのだろう。

しかし彼は、夫の殺害を止めてしまった。

そして私たちは走り出した。
また逃げなければならない。
落ち着くことすらできない。夫はきっとどこまでも私を追ってくるだろう。

私はエレベーターに乗る時でさえはらはらする。
8階、7階、5階、
もしかしたら夫がどこかの階で乗り込んで来て、私を見つけるのではないか。私はいつもどこだってどんなときだって、人の影に身を隠す。
夫は私を見つけたらどうするだろうか。一生監禁するのではないだろうか。生き地獄だ。殺してくれた方がマシだ。
なぜ私はこんな夫と結婚したのだろう。愛していたのだろうか。こんな狂った夫を。
以前の夫がどんなだったかすら思い出せない。
優しかっただろうか、私に尽くしてくれていたんだろうか。
私は夫のどこを好きになったのだろうか。
その時は私も狂っていたのだろうか。

家の中、私はある日1冊の本を手に取った。
ページを開くと、おそるべきナルティシズムのバイオグラフィーがかき綴ってあった。
まるで夫から逃れる女の逃亡日記のようだった。

そして全身から汗が吹き出す。ひやりと首の後ろを流れて行く。
間違いない。これは夫の手によって書かれたものだ。

誰も夫にはかなわないのではないか。
だったら私は夫といれば、完璧なのではないだろうか。
彼のことを裏切ったりせず言うことを聞いていれば彼だって優しい。
そう夫の言いなりに成っていれば、彼は優しい。
私は一生彼に服従を誓えば、もうこんな肝を冷やす必要等ないのではないか。
夫は私の行き先も気持ちも何もかもわかっていて、どこかでニヤリと笑っているはずだ。

あの恐ろしい笑みが、まるで目の前にあるかのように頭の中に浮かんでいる。
抗うから苦しいのだ。抗わず、従えば、おそらく私には幸せが訪れる。
とてもシンプルなことなのではないか。複雑にしているのは私自身なのではないか。そうだ。そうか。